数日後。鼎はいつも通りに来ていた。宇崎は心配してる。

「鼎、大丈夫なのか?」
「…大丈夫だから来たんだろうが」


相変わらず冷淡な言い方をするよな〜。北川はこの日も来ていた。彼はここ1週間くらい毎日のように来ているような…。


「いちかがゼルフェノア黎明期の話を聞きに来るなんて、珍しくないか?」
鼎が切り出した。宇崎が答える。

「あいつは晴斗が来るまでは最年少だったから、知らないことも多いでしょ。
いちかはお前の後輩に当たるわけだし」

「…で、今日は長官がわざわざリモートでゼノク設立当時の話をしたいわけか…」
「そうらしい。鼎、いちかのわがままにちょっとばっかし付き合っておくれよ」

「…いいよ」
鼎の声が優しくなった。鼎もゼノクが出来た経緯を知らない。



司令クラスですら曖昧なのが、この「ゼノク」という巨大研究機関も兼ねた組織の複合型施設だった。
後に完成後にゼノクとはどのような施設なのか、長官の口から司令クラス全員に説明されたが…。

ゼルフェノアの組織直属病院は数あれど、ゼノク隣接の病院は桁違いに大きい大病院。
本部・支部隣接の組織直属病院も大病院だが。



やがて時任も司令室に来て、少ししてから司令室のモニターに長官の姿が映し出される。

「お、皆来ているね。じゃあ早速…ゼノクが出来た当時の話でもしようか?」


相変わらず軽いよな〜、長官はー…。
宇崎はマイペースな蔦沼にたじたじ。



「じゃあ、ゼノクが出来た当時の話を始めるけどさ…。ゼノクが出来るきっかけになった一般市民がいたんだよ。
あれは北川が辞めるちょっと前じゃなかったっけ?あの人が来たの。連れの人と一緒だった」
「連れってか…若いカップルでしたっけ…?確か。強烈に覚えてるよ、あの人は…」

北川は覚えているらしい。



10年前。北川が組織を辞めようかと揺らいでいた頃。


本部にある一般市民が訪ねてきた。一般市民は2人。

1人は20代前半くらいの男性、もう1人は女性なのは体格や背格好・髪型でわかったが顔から首にかけて包帯で覆われているため、わからない。
完全に包帯で顔を覆っていた。目元すらも見えない状態。目元には僅かな隙間があるように見えたが、見えているかもわからないような出で立ち。


「ミイラ女」だ…と北川は感じたが言ってはいけないと察する。


「…あ、あの君たちは何の用で来たんだ?ここ…一般市民は無断で入れないはずだが」

男性が答える。男性は包帯姿の女性の手をずっと握っていた。
「入館許可は事前に貰いました。…あの、彼女を助けては貰えないでしょうか!?」
「彼女って…」

北川は顔から首を包帯で覆われている女性を見る。女性からは見えているらしく軽く会釈した。


「俺達、怪人の襲撃に遭ったんです。俺は無傷でしたが…彼女は人前では顔を見せられない姿になってしまって…」
「…だから包帯姿なのか……。見えにくくないか?視界」


女性は答えた。か細い声だった。
「この姿にはもう慣れましたから…。かろうじて見えていますよ。
外出する時はつばの広い帽子か何かで隠さないとならないですが、仕方ありません…」

男性も続ける。
「病院にも行きました。ですが…このままだと彼女が死ぬかもしれないと宣告されて…!後遺症だと診断されました。怪人由来の後遺症って…」


怪人由来の後遺症!?初めて聞いた…。


「ちょ、ちょっと待ってて。長官呼ぶから。それから話をする場所を変えようか。司令室だと都合が悪い」



「――その2人がゼノクが出来るきっかけだったんですか?長官」
「時任、鋭いな。その時わざわざ本部を訪ねてきた2人がきっかけで『怪人由来の後遺症』を知ることになったんだ」

「その女の人、どうなったんですか…。話聞いてる感じだとかなり重いっすよね…後遺症。顔から首にかけて包帯って…」
「彼らが本部を訪ねてきてから約3ヶ月後に彼女は亡くなったよ。後遺症が重くてね…なかなか回復しなかったんだ」


……え?


「怪人由来の後遺症について調べたが…軽度から重度まであるらしく、当時はそれらの情報収集するので組織は手一杯だった。
もう少し早く気づいていれば、彼女は救えたかもしれなかったんだ…」



その包帯姿の女性の名は御子柴と言った。男性はその彼氏で新島と言ったという。


新島と御子柴は応接室に通された。新島は視界が極度に狭い御子柴をエスコート。

蔦沼は御子柴の姿を見た。


「怪人に襲撃されたのはいつ頃かな」
蔦沼は優しく聞く。

「……だいたい1ヶ月前です」
「新島さんはほとんど無傷だったんだね。御子柴さんは…」
「……見ての通り、重傷ですよ。顔…見ますか?やめた方がいいですよ…。変わり果ててしまったのですから…」


当時の組織直属病院は怪人由来の後遺症治療技術はなかった。
それもあり、怪人由来の後遺症は見過ごされたことになる。御子柴は包帯姿ゆえに奇異な目で見られるのが嫌だったという。


「紗綾を助けてくれよ…!」


新島は切実だ。新島は御子柴の襲撃前の写真を蔦沼と北川に見せる。
清楚系の女性といった感じか?顔は可愛い。


「…私は一生、このままの姿で過ごすことになるんでしょうか…。そんなの…嫌だ…。こんな包帯姿で過ごせって…」

御子柴は両手で顔を覆った。新島は御子柴の肩に手を回す。
「紗綾は病院で重度の後遺症だと診断されました。治す手立てが今のところないって言われて……絶望しています」


蔦沼は考えこむ。
「後遺症治療が急がれるな…。怪人由来はどこにもない。そのための場所を…作ろう」

「紗綾は助かりますか!?」
「今のところはわからない…。何か医師に言われなかったか?彼女について。重度となると余命とか」

「半年持つかわからないと宣告されています。
…私は…生きる希望を無くしました…。この姿になってからは家族とも会ってません。悲しむから」


蔦沼は彼らが帰った後、「怪人由来の後遺症治療」に特化した施設が必要だと強く感じた。

新島と御子柴は帰った後病院に向かったという。御子柴の経過観察らしい。



時任と鼎はこの話を聞き、かなり複雑になっている。


「その御子柴が来なかったら、ゼノクは出来なかったのか…」
鼎も深刻そうに呟く。

「御子柴の後遺症は誰が見ても重度だったからね。
顔から首にかけて包帯で覆われている時点でおかしいと気づくでしょう。それと新島は御子柴を治すために、ずっと病院を探していたと聞いた…。でも見つからなかった」

「ゼノクが出来たのは8年前だと聞いた。新島はそれを知ったのか?」
「知ったみたいで、わざわざ完成したゼノクに来てくれたよ。御子柴の写真を持ってきてね。
彼女の死から約2年だった…」

「え…」
「御子柴さんは後遺症の悪化で亡くなったの…?」


蔦沼は静かに頷いた。

ゼノクが出来たきっかけがあまりにも…。時任は涙目になっている。
鼎も思わず顔を背けた。


犠牲の元に出来た施設がゼノクだったと知り、沈黙する2人。

蔦沼はこんなことを切り出した。
「ゼノクに石碑があるだろう?庭園に。あれはね、慰霊碑なんだ」


確かにゼノクの庭園には石で出来たモニュメントがあった。あれ…慰霊碑だったのか。
ゼノクは怪人由来の後遺症治療をメインとする施設。後遺症の犠牲者もいる。



鼎は蔦沼にあることを聞いてみた。

「加賀屋敷について聞きたいのだが。それにゼノク医療チームとは一体なんなんだ?」
「それを聞くとは紀柳院、踏み込んではいけない領域だよ」


踏み込んではいけない領域?どういうことだ?

鼎は困惑。宇崎と北川も理解出来てない模様。


「そろそろ切り上げようか。紀柳院、身体をもう少し気遣ってあげなさい。
検査結果次第ではまた加賀屋敷の世話になるかもしれないのに…」





特別編 (4)へ続く。