「じゃあ、今日の料理当番はガイとハイデッカね」
セレナのその一言に、その場にいた男全員が固まった。
「ま、まてよセレナ。自分で言うのもなんだが、俺が壊滅的に料理下手なの知ってるだろ!?」
「自慢じゃないが、俺は料理はまったくできないんだ!」
「自慢してんじゃねーか!」
「だから二人で協力すればいいと思って。ほら、個々では下手でも二人ならうまくできるかもしれないでしょ?」
違うぞセレナ……
0に0を足しても0だぞ……
と、うしろで控えめにしながらもかなり失礼なことを考えながらマキシムはそんな様子を眺めていた。
そう、このパーティ、セレナは子供を産むまでまともに料理をしたことがないし、ガイはずっとヒルダとジェシーに任せっきり。ハイデッカはほぼ外食か城の食堂で腹を満たしていたので料理経験者はほとんどいない。
唯一、それなりのものを作れるマキシムも子育てに忙しいセレナを気遣い最近始めたばかりで、それまではほぼ幼なじみであるティアに作ってもらっていた。
「長い旅になるんだからもしものためにみんな料理ぐらいはできるようになっとかないとね。大丈夫よ。どんなものができても我慢するわ。ね、マキシム」
「あ、ああ…」
さらりと、失敗前提の物言いをされたままマキシムとセレナは道具など消耗品の補充をしに町へ向かってしまった。
「よし、いい感じだ」
ふーふー、と煙の上がっている薪に向かって息を吹きかける。
赤く光った薪はいまにも火が上がりそうだ。
そんな折、
「爆裂剣ッ!!」
空中から大声と共に現れた男がくるりと華麗に回転し、炎をまといながら薪へとダイブする。
反射的に避けていたガイの前で大きな炎が燃えあがった。
「どうだ!」
「どうだ、じゃねー!!やり方が荒すぎんだろ!それに今、俺も巻き込みかけてただろお前!!」
「結果的に火がついたんだからいいじゃねーか。お前みたいにちんたらしてたら日が暮れちまう」
いつ用意したのか包丁の刃先をガイに向けたまま(※よい子はマネしてはいけません)ハイデッカは言う。
くるり、と身を翻したハイデッカはまな板へと並べてある野菜に向き直った。
ガイはそんなハイデッカに不満げな視線を送りながらも鍋に水をいれ先ほどの火にかける。
ぶつ、ぶつ、ぶつ。
後ろから聞こえる不器用なリズムに思わずガイは振り返った。
そこには包丁をグーで握り、右手を添えずに淡々と野菜を切っていくハイデッカの姿。
それがいかに正しい調理姿勢からかけ離れているかは料理経験がさっぱりないガイでもわかった。
「デカすぎねぇかそれ?」
ガイが指差した先には、男が大口を開けてやっと食べれる―つまりハイデッカサイズの―野菜たちが転がっていた。
「やっぱり、こういうのは豪快にいかないとな!料理は勢いだぜ!」
「一応、セレナっていう女がいるんだから、もうちょっと小さめに切れよ。料理は食べる人の身になって作るもんだろ」
うっかり、女、の部分に一応とつけてしまったが、この場にセレナがいなくてよかったとしみじみ思う。
ガイに忠告されたハイデッカは口をとがらせながら不満げにガイを見ていたが、素直に小さく切り始めた。
しかし、相変わらず右手を添えていないのでうまくいかない。
「そうじゃなくてだな!こう…」
「うるせーな!いちいちお前に言われなくても自分でできらぁ!お前こそよそ見してないでちゃんと火を見とけよ!」
こうなったらハイデッカはとことん頑固だ。
やれやれ、と思いながらガイは再び火に向かった。
ブツッ……
明らかに、野菜を切る音とは違う音が響いた。
慌てて振り返ると、案の定ハイデッカの指から噴水のようにぴゅーと鮮血がほとばしっていた。
「何してんだよお前ーーっ!!」
「大丈夫だ。血なんて見慣れてるし、これくらいで死ぬことはない」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
ガイはハイデッカの指を掴んだ。
次の瞬間、ハイデッカはぎょっとした。
指がなま暖かい感触に包まれる。
「…ッ…!!!!」
今まで余裕がちだったハイデッカがすごい形相で指を引く。
そんなハイデッカの様子に、無意識にしてしまっていたらしいガイもはっ、と我に返った。
「あ、いや……こういうのは唾つけとけば治るって小さい頃から聞かされてたからな。別に深い意味はない……ぞ?」
「あ、…当たり前だ!深い意味があってたまるか!大体、唾で治るなら別にお前のじゃなくてもいいだろうが!」
そう言って、ガイに消毒されたばかりの指を自分でくわえる。
ガイはハイデッカと同じように赤くなりながら、そ、それもそうだな、と同意せざるをえなかった。
ぐつぐつと鍋の中が赤く煮える。
ハイデッカによって女性にも食べやすく切られた野菜たちがその中で踊っている。
ゆっくりとかき回すガイの隣に何かを持ったハイデッカがやってきた。
「よし、いっちょ仕上げといくか」
「……ちょっとまて、なんだよそれ?」
ガイはかき回していた手を止め、じとりと横目でハイデッカを見た。
ハイデッカの手には皿に盛られた赤い粉の山。
「香辛料だ。これを入れるとピリッと効いた味になるぜ」
「俺はうす味がいい」
「…………」
「…………」
一瞬、その場が冷たく固まった。
「バウンドキングダムでは濃い目の味が好かれるんだ。俺もそのほうが好きでな。お前らもきっと気に入ると思うぜ」
ハイデッカの動きにシンクロしながら進行方向をさまたげる。
「俺は小さい頃からうす味で育ってきたんだ。それにピリ辛は苦手なやつがいるだろ」
睨み合ったままお互い一歩も引かない。
「お前が仲間になる前からマキシムの食べるものを見てきたが、どうやらマキシムはうす味のほうが好きみたいだったぜ」
決定打。
赤い粉を持ったままじりじりと歩み寄っていたハイデッカの動きが止まる。
「……マキシムがそうだってんならしかたないな」
珍しく素直に折れたハイデッカに、自分からマキシムの名を出しておきながら少し面白くないとガイは思う。
風で飛んできた粉で盛大にくしゃみをした。
そうこうしてできあがった二人の愛の結晶……ならぬ自己主張のぶつかり合いが、まろやかな味のハーモニーを生み出すはずもなく。
「……」
「……」
『こんなのたべたくないのに』
その微妙すぎる味に、食卓には微妙な空気が漂った。
「いや…でも、レモンを搾ればいけるよ」
そんな中、意味不明なフォローをしながら大量のレモンを搾って食すマキシムの姿があったとか。
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マキシムがレモン搾ればなんでもうまくなると思ってるレモン男に(笑)
ハイデッカは気付いてないが、普通に間接キッスだよそれ……
このあと「なるほど。さすがはマキシムだぜ!」とレモン搾ってたら、指がしみて、さっきのことを思い出して赤くなってればいい。
あとでこっそり絆創膏を差し出してくれるガイさんとか想像しました(*´∇`)