ダイニングキッチンに移動した蒼氷は蒼星石の前に紅茶を用意した。
「こんなのしかないけれど、良ければどうぞ。」
「ありがとう、マスター。」
「でも不思議ね。こうしてみるとホントに人形じゃなくて人間みたい。」
「だけど球体関節人形ですよ?」
「そうなのよねー。」
テーブルの上に菓子が並べられ、蒼星石ははむっとケーキを口にした。
「……美味しい。」
「そう?作った甲斐があったわ。何しろおばあちゃんに家事全般を仕込まれたから。
特におばあちゃんは紅茶に五月蠅くてね。
………ねぇ、貴女はおおばあちゃんに螺子を回されてはいないの?」
「………はい、螺子を回されてはいないです。
眠っている間に人から人へ渡されて、マスターの元に来たみたいです。」
「………そう。螺子を回さなければ、目を覚ますことができないなんて辛いわね。」
「……そうですね。寝ている間はずっと夢を見続けますから。」
「……………あ、そうだ。ねぇ、蒼星石。」
「はい?」
「………せっかくなら、現代の日本を見ていかない?
今の時代と貴女が起きていた時代とじゃ、ジェネレーションギャップがあるだろうから
見ていて損はないわよ。」
「……はぁ…………。」
蒼氷がそう言った時、ガシャンと言う音がした。
「………今の音は?」
「物置部屋からだわ。おばあちゃんが使っていた部屋なんだけど、
大きな鏡があるの。」
「………鏡、まさか…………。その部屋へ連れて行ってくれませんか?」
「もちろんよ。」
蒼星石は蒼氷の案内で物置部屋に向かった。
続く。
蒼星石を目覚めさせた蒼氷は自分の頬を抓った。
「………うん、夢じゃないわね。これは現実なのね。」
「………えっと、すみません。驚かせて。」
「あ、いいのよ。いいのよ。おばあちゃんがこれだけは売るなって言っていたの、
今やっとわかったわ。
こんな喋る人形がいたら、世間は大騒ぎになるわ。
そうよね、大事にしたくなるわね。うん。」
1人納得した蒼氷はよし、と呟くとコホン、と咳払いをした。
「初めまして、蒼星石。私の名前は物吉蒼氷。こう書いて、あおひって呼ぶの。」
身近にあった紙に自分の名前を書くと、蒼氷は蒼星石に見せた。
「何だか名前も似ているし、親近感が沸くわ。
………えっと、ローゼンメイデン?の第4ドール?
シリーズものなの?」
「え?あ、はい。お父様は僕を含めた7体のドールズを作りました。
でもどこに行ったのかわからなくて………。」
「………そう。父親を探しているのね。」
「お父様はアリスにしか興味がないから……。」
「………アリス?」
「互いの魂ともいえるローザミスティカをかけて、戦うアリスゲームです。
ゲームを制したドールズはお父様に逢うことができる。ただそれだけのために
長い戦いをしてきました。」
「………そう。7体作っておいて、会えるのはたった1体だけだなんて
過酷だけど娘思いって言えばいいのやら。
私とは偉い違いね。」
「………そうなの?」
「私、両親に捨てられたから。
でも、おばあちゃんが引き取ってくれたから、
こうして色々と引き継いだし。
蒼星石に会うこともできた。
まあ、それはおいおい話しておくことにしましょうか。
1度にたくさんのことを話したら、疲れるもの。
………で、私には契約者になってほしいの?」
「そうです。僕の指輪に誓いのキスを。」
「はいはい。」
蒼氷は蒼星石の指につけられている指輪に軽くキスを落とした。
すると指に痛みが走ったので、手を見ると薔薇をあしらった指輪がはめられていた。
「………これでいいの?」
「はい。これで契約完了です。よろしくお願いします、マスター。」
「…………ええ、こちらこそ。退屈しないで済みそう。」
続く。
「………ふぅ、これで片付いた………。」
物吉蒼氷は先日亡くなった祖母の遺品整理をしていた。
物心ついた頃に両親や双子の兄と生き別れた蒼氷は祖母に引き取られ、
以降は2人でずっと暮らしていた。
死因は老衰。
病気や事故に遭うこともなく、蒼氷の祖母はその人生を全うした。
「…………大体は遺言書の通りにしたけど……。
後はこれだけなのよね………。」
アンティーク調の鞄を前にして蒼氷はため息をついた。
西洋人形を主に収集していた祖母が生前大事にしていたもので
これだけは何があっても売り払うな、手元に遺せと遺言していたのだ。
「…………まあ、それだけ大事にしていたってことよね。」
そういうと蒼氷は鞄の蓋を開けた。
「………よいしょ………と。………人形?」
服装もシルクハットに袖口の長い白いブラウス、
青いケープとニッカーボッカー風の半ズボンを着用した人形が大事に保管されていた。
髪は赤毛に近い焦げ茶色で、前下がりのボブをベースにしたショートカットで、
蒼氷は王子様系だな、と思った。
「………よくできている人形ね。まるで生きているみたい。………と、螺子?」
鞄の中には人形の他に螺子が入っていた。
「………もしかしてこれ、差すの?」
人形を大事に取り出すと、蒼氷は差込口に螺子を入れた。
「………どういうからくりなのかしら………。螺子を回したら動く人形なんて聞いたことがないわ。」
そう言いつつも、蒼氷は螺子を回した。
「う………う……ん………。」
「…………え?」
人形の口が開き、蒼氷は思わずそれを落としそうになった。
パチリと目が開き、人形はカタカタと動き出した。
「………おはようございます。」
「お、おはよう………?正確には午前11時半だけど……まあ、おはよう………なのよね……。」
「僕はローゼンメイデン第4ドール、蒼星石。貴女が僕のマスターですか?」
続く。