都心の異変発生から一夜明けて。敵の元老院元締め・鳶旺(えんおう)が退いた後も異変は続いていた。
鳶旺特有の時間に関係なく、辺り一面真っ暗闇になる現象は続いたまま。


御堂は鼎の元気そうな姿を見て安心した。

「鼎、心配したんだぞ…。ほら、こっち来いって。お前、仮面の紐緩んでるぞ」

御堂はそっと優しく直してあげてる。鼎の顔は仮面に隠れて見えないものの、御堂の行動は嫌ではなかった。

「ほら、出来たぞ。痛みはないよな?」
「あぁ…和希、ありがとう」

鼎の声はどこか優しい。いつから俺のことを名前で呼ぶようになったんだよ、鼎は…。
あいつに何か変化があったのか…。言い方は相変わらず冷淡だが、なんか優しくなったというか。


「か…鼎」
「なんだ?」
「まだラスボス戦が残ってんだ、気を抜くなよ」

「わかっているさ」


鼎の相棒である、対怪人用ブレードが人間化した鷹稜(たかかど)はそっと物陰から見ていた。主はあの御堂という男の後輩なのは知っている。
御堂は…シャイなのか?鼎さんに好意を少なからず感じるのだが。


そんな中、新宿方面にいた時任達別動隊から通信が。


「御堂さん、きりゅさん!新宿方面に変な空間が出現しています!今すぐ来て下さい!」
「時任、新宿方面も真っ暗なのか?」

御堂は冷静に聞いてる。
「はい、新宿方面も真っ暗っす!」
「和希、行こう。いちかの部隊は最小限なはずだからマズイかもしれない」


御堂は鼎の変化に気づく。

いつの間に…時任のことを「いちか」呼びになってたんだ?最近まで名字で呼び捨てにしてたはず。



都心・新宿――


「…あ、御堂さん・きりゅさん!」
時任は2人の姿を見るなり、手をぶんぶん元気よく振る。
2人は時任の部隊に合流。
部隊と言っても鼎と御堂含めて5人しかいないが。


御堂は冷めた反応を見せるが、これはいつも通り。

「おい、時任。お前目立ちすぎだ。少しは控えろ…んで、その変な空間ってどこだ?」
時任はある場所を指差した。

「あそこっす。かなり広い空間みたいなんで怪しいし、罠かもしれないから呼んだんです」
「なるほどな〜。時任にしては上出来だよ。空間に入るのは俺がやる」

「和希、単独で行くのか!?」

鼎は思わず反応。
「単独なわけねーだろ。鼎も行くだろ」
「…あぁ」

「ちょ、えぇっ!?御堂さんときりゅさん2人とも行くんすか!?止めたほうが…」
「いちか、心配するな。鳶旺はいないし、仮に罠だとしても…なんとかなるだろうよ」


鼎は御堂を信頼している。


そして例の場所へ。見た目は路地裏だが、空間がどこか歪。
御堂は勘で手を翳してみる。すると空間にさらに歪みが生じ、空間に隙間が開いた。

「開いたぞ。鼎、大丈夫だからついてこい」
御堂が普段よりも頼もしげ。鼎は御堂に続き、空間の中へ。



空間の内部は廃墟が広がる風景だった。忘れ去られた廃墟の街。

「廃墟街…?なんだここ」
「怪人が出る気配は…ないな」


2人はとぼとぼと空間内部を進む。廃墟街は広く、御堂は時任と通信しながら現在地を伝えてる。

「時任、通信使えてる?」
「御堂さん、バリバリ聞こえてますっ!位置もバッチリ出ているんすよ。姿は見えないのに」
「あれ…この空間、出入口が他にもあるかも。時任、室長達に伝えておいて」
「ラジャーっす」



本部・司令室。


宇崎は時任の報告を受け、場所を割り出していた。

「新宿方面に出現した空間か…。ん?ここだな。映像でもわかるくらいに空間が歪んでいるな」
「…で、どうすんのさ。乗り込むのか?」

そう聞いたのは囃。


「御堂と鼎が先に行っちゃったんだよ。今のところは異変なしだが…囃、行くか?」
「いや…俺よりもゼノク隊員の方がこういうのは慣れてるでしょ。…そうなんだろ?二階堂」


司令室には二階堂もいた。


「そうですね。イレギュラーな事象には私達ゼノク隊員の方が慣れてます。
ゼノクではよく起きてましたから」

「近々マジで長官、現場来そう…。今は都心の異変について記者会見してるんだよなー…。長官も大変だわ」

宇崎がぼやく。宇崎はサブモニターの1つで蔦沼長官の記者会見も見ていた。
メインモニターにはスカイツリー周辺が映し出されてる。


二階堂達、ゼノク隊員が新宿某所の謎空間に潜入することに。
メンバーは上総(かずさ)・二階堂・粂(くめ)・三ノ宮。



空間内部の廃墟街。


鼎はある通りに導かれるようにして歩いていく。
「鼎、離れるなって!どこ行くんだよ!?」

御堂は鼎を追いかける。そこには古びた旅館のような建物が。
「ここから気配がするんだよ。怪人ではない何かがいる…」
「鼎、止めとけって!」


鼎は制止を振り切り、導かれるようにして建物に入る。
そこには初めから鼎が来るとわかっていたかのように、着物姿の女性が。


「あなたをお待ちしておりました。紀柳院鼎様。あなたの望みを1つ、叶えましょう」
「罠だろ?お前は一体何者だ?答えろ!」

「あら…せっかく望みを1つ叶えると言ってるのに…。聞かないのですか?鼎様にはあるでしょう。望みが」


鼎の中にはずっと燻っているものがあった。事件後からずっと強いられてる、仮面生活からの脱却だ。
この仮面生活から解放されれば、素顔のままでありきたりな日常を過ごせるかもしれない。


鼎は御堂の声に気づいた。和希は私を探している。

「和希!和希!私はここだ!!」


女は鼎にこう言った。
「いくら呼んでも彼には届きませんことよ。この建物自体が結界なのですから…」
「何!?」
「鼎様が望みを言わない限りはここから出られませんよ」



二階堂達も廃墟街へと潜入。

「二階堂、お前は俺と一緒に動け。粂と三ノ宮はわかってるよな」
上総が仕切っている。ゼノク隊員4人はふたてに分かれた。


しばらくすると二階堂は結界に閉ざされた場所を見つける。


「イチ、この結界破れますか?明らかに中には紀柳院さんがいるみたいで…」
「お前、気配わかんの?」

上総は二階堂に聞いた。二階堂は右腕の義手を見せる。
「義手の新たな機能のおかげです。長官がさらにアップデートしてくれたんですよ」

機能のアップデート?戦闘兼用義手がアップデートとか、二階堂はさらっとパワーアップしてる…。


「お前の義手で結界破れないのか?」
「ここまで結界が強力だと、義手が壊れてしまい使い物にならないですって」

「しゃあねぇな〜。おい、三ノ宮と粂」
「言われなくても向かっていますよ!」

上総の通信に三ノ宮が答えた。三ノ宮と粂のコンビは到着するなり、粂は強力な弓矢を使い→結界を破壊。


「結界、破壊したよ!」
「よっし、中入んぞ。紀柳院は本当にここにいるのかよ、二階堂」
「…います。私達にはこの建物は巨大な迷路にしか見えませんが…。御堂さんにも連絡しましたから、直に到着します」


4人は錯覚の迷路に苦戦することになる。
鼎視点ではこの建物は旅館。鼎はあの女と淡々と話してる。

「望みはなんでもいいのか?」
「えぇ。ならば、あなたが叶えたい望みの1つをシミュレーションで見せてあげましょうか?」


シミュレーション?


鼎の目の前には顔に負った、大火傷の跡がない素顔の鼎の姿が見えている。
素顔の鼎は彩音や晴斗と談笑していた。


そのシミュレーションの光景を見た鼎は違うと感じた。あいつがいない。
あいつがいないなんて考えられない…。


「確かに『それ』はずっと思っていたものだが…変わり始めているんだよ。私からしたら和希がいないなんて考えられないからな」
「その顔の大火傷の跡、消したいとは思わないのですか?なぜそっちを選ぶ?鼎様はそれでいいのですか!?」

「決めるのは私だ。お前、罠を仕掛けたつもりか?元老院の手先が」


そこに御堂が乱入。

「鼎!見つけた…。二階堂達のおかげでやっと入れたんだ。…お前…今…なんて…」
「私は率直に思ったことをこの女に言っただけだ」

「鼎…お前、ずっと仮面姿のままでもいいのか!?なんでそんなことを…」
「別にいい。和希さえいればそれでいいんだ。…顔の大火傷の跡は手術で消せるのはわかってはいるが…消したくないんだよ。
仮に消したとしても目のダメージはそのままだ。なんならこのままでいい…」



御堂はかなり複雑だった。

なぜか涙目になってる。これ、鼎の告白なのか?
俺がいればそれでいいって…。


御堂は思わず鼎を抱きしめた。鼎は震えていた。
本当は怖かったんだな…鼎のやつ。



謎の女は無言で消え、歪な空間も消えた。6人は新宿の路地裏にいた。

そこに時任から通信が。
「御堂さん達聞こえてるー?さっきまで全然繋がらなくて」
「聞こえてるよ」


御堂は鼎をよしよししながら通信に答えた。鼎はまだ震えていた。

鳶旺ならまだしも、得体の知れない女に言い寄られたら…怖いもんな。…てか、あいつは一体何者だったんだ?あの空間の主?怪人じゃなかった。



御堂は鼎がなぜ自分のことを名前で呼ぶようになったのか、ようやく理解した。


鼎からしたら俺は必要な存在なんだと。もう、ただの先輩後輩ではない。
彼女の親友の彩音でもなく、歳の離れた幼なじみの晴斗でもない、心の拠り所が必要だったんだ。





第49話(下)へ続く。