「今日だっけ?本部から紀柳院が来るの」
「そうだよ。西澤、どうしたのさ」

蔦沼長官管轄の群馬県某町のゼノクでは、蔦沼と西澤室長がこんな会話をしていた。


「紀柳院が狭山について知りたいとか言ったんだっけ?なんで敵幹部から人間になってまで味方になったのとか、そういうの」
「本部からは紀柳院と桐谷が来るんだよね。桐谷はすっかり彼女の専属運転手だな〜」

「長官、呑気すぎます。彼女、列車移動が極度に苦手ですから車移動か、組織専用機じゃないと移動出来ないんで仕方ないですよ。
数年前に任務の移動で電車使ったらパニック障害起きて以降、彼女は列車に乗れなくなりましたから」

「そこは仕方ない」
「しかし、なんで今になって狭山のことが気になったんだ?元怪人というのもあるが…」
「本部に経緯が詳しく知られてなかったのもあるのかも。宇崎も引っ掛かってたみたいだね」



鼎と桐谷はゼノクに到着。


出迎えてくれたのは二階堂だった。

「お待ちしてました〜。鼎さん、いや…司令補佐ですか」
「いつも通りの呼び方でいいよ」
「え…じゃあ鼎さんで」


二階堂は司令室へと案内した。

「じゃ、私はこれで」



司令室には蔦沼・西澤・南のいわゆる「ゼノク3役」がいた。南は蔦沼の秘書で世話役だが、ゼノクにも必要な存在なためにこんな立ち位置に。


「紀柳院、ゼノクに来るのは久しぶりじゃないかなぁ〜」
蔦沼が優しく話しかけてきた。
「お久しぶりです」

「補佐、慣れてきたみたいじゃないか。北川からも話は聞いたよ。紀柳院、最近どう?」
「まぁ…とんとんですかね…」

鼎、返答に困る。蔦沼は鼎の声でわかった。彼女を少し困らせてしまったらしい。
鼎は顔の大火傷の跡を隠すために白い仮面を着けているため、声のトーンや抑揚・仕草などでしかわからないのが難しい。


「紀柳院…なんかごめんね。狭山について知りたいんでしょう。本人は呼ばない方がいいよね。気まずくなりそうだし」
「そうして頂ければありがたいです」

鼎は緊張気味だった。



「釵游(さゆう)が人間になったのは数ヶ月前。鳶旺(えんおう)決戦前に突然彼がやってきて、懇願してきたんだ。『こんな力はいらない。怪人やめたいです』とね。
ゼノクは怪人から人間になるための処置をすることになったよ」

「しょ…処置?」
鼎、かなり困惑してる。
「紀柳院は外科手術みたいなものを想像したみたいだが…全然違うよ。
ある特殊な武器で釵游を斬ることにしたの」


「特殊な…武器?」
「そ。僕が調整に調整を重ねた特殊なブレードでズバーっと斬ったの。釵游は斬れたが痛みもなく、傷もない。『怪人の能力だけ』が木っ端微塵になくなったわけ」

「ず、ズバーっと?」
鼎はどう反応していいのか、わからない。一緒に聞いてる桐谷も困惑してる。


「…あれ?2人とも困惑しているか…。無理ないか…」
「長官、ゼノクの技術は見せた方が早いと思いますが。例の特殊なブレード、見せたらどうですか?」

西澤が呟いた。蔦沼は立ち上がるとある場所へ案内した。それは研究施設にある、とある部屋。


「ここにその特殊なブレードがあるんだ。ちょっと待っててね」
蔦沼はカチャカチャと何かの箱を開けた。見た感じ、ブレードを収納している細長いケースはジェラルミン製か?


蔦沼はケースの中から短めの対怪人用ブレードを出してみせた。

「これが特殊なブレード・境境絶呀(きょうきょうぜっか)。怪人を人間にするために開発・調整に調整を重ねた代物だよ。
これはかなり特殊だから怪人を斬っても肉体は斬れないの。斬れるモノが違うからね」


ゼノクの技術はとんでもないところまで来てる…。
だから狭山は身体能力はそのままに、人間になったんだ。

「このブレードは戦闘用じゃないから、紀柳院も使えるよ。浄化に似ているかな」
「このブレードの名前は何かしら意味はあるのか?」


「『境目を絶つ』的な意味を込めている。怪人の能力を絶つ的な?」
「だから斬っても斬れないのか」
「そういうこと」



ゼノク・隊員用休憩所。
二階堂は狭山と話していた。

「狭山さんってなんか冷めていますよね。気のせいですか?」
「冷めてる…?俺が?」

狭山は自覚がないようだ。


「狭山さん、槍さばきすごいですよ。見とれてしまいます」
「二階堂だってその義手の使い方、すごいじゃないか…。長官に似たのかな、使い方…」

「まぁ、蔦沼長官の戦闘スタイルを参考にしてますからねー」



鼎と桐谷はゼノク館内を歩いている。

「狭山の事実が聞けて良かったが…あのブレード、何かしらありそうだな」
「境境絶呀、すごい名前ですよね。ネーミングセンスは長官のものでしょうか…」
「そんなの、どうでもいいだろうに」

鼎の反応はどこかそっけない。



「…どうします?帰りますか?まだ本部に戻るには時間が余っていますが…」
桐谷が切り出してきた。

「そうだな…。ゼノク隊員に会っても二階堂達一部しか喜ばないだろうし…。
しばらく館内を見て行くか」
「そうしましょうか」



本部・司令室。


「鼎のやつ、順調かな〜」
「何ヘラヘラしてんだよ、室長」

御堂が宇崎に突っ込みながら入ってきた。


「鼎のやつ、今日はゼノクだっけ」

「そうだよ〜。和希、お前寂しいの?」
「んなわけないだろが!」
「またまた〜。顔、赤いぞ?やっぱり気になってんじゃないか〜」

「からかうのはやめろ」
御堂、宇崎の玩具にされて不機嫌に。このやり取り自体が久々だが。



「室長、なんでまた鼎を司令補佐にしたんだよ。他にも何かあるだろ」
「色々と考えたんだけどさ…鼎に研究助手は不向きだし、デスクワーク向きじゃないのは明らかだろ?
これは鼎本人も言ってた」

「…で、悩みに悩んで『司令補佐』ってわけか」
「逆に世間の注目を集めてしまったのは誤算だった…。鼎には申し訳ない」

「そりゃ『仮面の司令補佐』って話題性十分でしょうが。ようやくほとぼりが冷めたけどよ。
しかも本部では女性の司令に近いポジションはいなかったから、余計にな…。室長、あの噂は本当なのか?鼎が『後の本部司令候補』っての」


なんで和希がそれ知ってるんだよ?鼎本人が言ったとは思えないし…。


「いやー、今はなんとも言えないな〜」
「ごまかしても無駄だぞ、室長…」





番外編 (下)へ続く。