事件から約2ヶ月後。犯人の怪人がまだ見つからないということで、ゼルフェノアでは緊急会議が開かれていた。


「いきなり本題に入るけど、被害者の都筑悠真の容態はどうなの北川?」
蔦沼がそう聞いてきた。

「あれから2ヶ月経つというのに、ほとんど回復の兆しが見られないそうです。怪人由来の爆炎をかなり浴びたせいもあるのでしょう。顔と腕は大火傷ですし…。
このままだと彼女…かなり危ないですよ」
「彼女はうちの直属病院に入院してるんだっけ」
「はい」

「あの男を呼ぶしかないなー…。怪人由来の外科治療なら、ずば抜けている天才外科医・加賀屋敷をね」


加賀屋敷!?


「あ、もう連絡しておいたからすぐ来るよ。明日にはもう、緊急手術出来るはず。
彼は既にカルテは見たって」
「早っ!」
「北川、『都筑悠真』の生存は伏せておくようにしてくれよ。報道では彼女は死んだことになってるが、生存が怪人にバレたら『確実に』狙われる」


―組織直属病院・悠真の病室。
悠真は絶望していた。なかなか回復しない身体。この包帯の下はおぞましいことになっている。

そこに担当の看護師が。
「都筑さん、明日緊急手術になるけど…大丈夫?」
「緊急…手術?」
「あなたの火傷はただの火傷じゃないの。怪人による爆炎を浴びたよね?だから怪人由来の治療に特化した先生が来る。
皮膚移植をしないと危ない状態なの。でも火傷の範囲が広いから何度か受けることになる…」

「受けます」
「その先生、あなたのことを案じていたわ。都筑さん、眩しいの?」

看護師は悠真の異変に気づく。簡易検査で火傷のダメージは目にも及んでいたことが発覚。だから柔らかな光でも異様に眩しく感じるらしい。



翌日。加賀屋敷が病室へ来た。

「君が都筑悠真さんだね。何度か手術を受けることになりますが…。火傷が広範囲なので。
目にもダメージが及んでいたとなると…何かしら対策が必要だな…。目を保護しないと…」


緊急手術は成功。まずは腕の皮膚移植からだった。両腕共にひどい火傷を負っている。
悠真は怪人に激しい暴行を加えられた後に爆発に巻き込まれたために、火傷以外の外傷も見受けられたという。


事件から約4ヶ月後――

悠真は少しずつ回復の兆しが見えてはいたが、顔の大火傷が深刻なためまだ顔は包帯姿。顔はまだ手術には至っていない。
目のダメージも考慮した結果、サングラスのような黒い保護用レンズで目を保護することに。



ある日、病室に北川が現れた。


「君が都筑悠真さんだね。俺は北川宗次と言います。ゼルフェノア本部司令官です」
「ゼルフェノアの司令…?」


「怖がらなくてもいいよ。ゼルフェノアは君を守ることにしたんだ。
犯人の怪人はまだ見つかっていない。君はまた狙われる可能性が高いんだ」
「狙われる…?…嫌だよ…!もう何もかも失いたくないよ…!こんな姿になってまで狙われるの!?」

悠真はフラッシュバックしたらしく、かなり怯えている。声がかなり震えていた。


「君を守るために組織はあることを考えて提案しようと思う。なかなか受け入れられないかもしれないが…『名前を変えて』生きて欲しい」


名前を…変える?


「加賀屋敷先生が顔の大火傷について話していたんだ。顔の皮膚移植は複雑で難しいが、出来るだけやり遂げると…。
火傷は顔が1番深刻で、さらには目にもダメージが及んでいる。そこでこれを着けて欲しいとのことだ」


北川は鞄から箱を取り出した。悠真は箱を開けてみる。
そこには白い清潔な布の上に乗せられた真新しい白いベネチアンマスクが。よく見ると目の部分は黒い保護用レンズで覆われている。

悠真は恐る恐るその仮面を手に取った。女性用のベネチアンマスクだ。


「顔の大火傷はかなり目立つから、それを着けて顔を保護して欲しいと伝言があったんだ。
包帯姿よりはマシだとは思うが…狭い視界に慣れるまでには時間がかかるかもしれない」

悠真は試しに着けてみることにしたが、まだ腕には包帯がされているがゆえに苦戦。北川が手伝うことに。さらにあらかじめ用意していた、医療用ウィッグを被ってはどうかと持ちかける。


悠真は仮面姿となった。人間らしい見た目になったのはいつぶりだろう。
北川の勧めで医療用ウィッグも着けてみる。だいぶ女性らしい見た目になった。


「仮面、どうかな…。ウィッグは髪の毛が生えるまでは着けたらいいと思う。
気のせいかな…なんだか明るく見えるよ」
「そ、そうですか…」

北川は手鏡を差し出した。悠真は自分の姿を見た。仮面とウィッグでこんなにも変わるなんて。


「悠真さん、2回目の手術…頑張って」
「…はい」


心なしか、悠真は北川司令に励まされたような気がした。

仮面がないと人前では無理なレベルという、非情な現実にうちひしがれたが見た目が人間らしくなっただけマシだった。



悠真はまた間を置いて2回目の手術を受けたものの、まだ退院のめどは立っていない。
その間に北川司令が言っていた、「名前を変える」ことになる。現に北川がちょくちょく悠真の元へ来ては少しだけ話相手をしてくれた。嬉しかった。



ある日、悠真は仮面にまあまあ慣れたか微妙な頃。
ついに名前を「紀柳院鼎」に変えて生きることを決意。

顔が仮面に隠れて見えないのは好都合だった。あんな忌々しい大火傷の跡、人前では到底見せられそうにない。


悠真は死んだことにした。自分は「紀柳院鼎」なんだと強く思いながら。



事件後から約2年――
都筑悠真改め、紀柳院鼎は退院する。火傷治療の手術は3回受けた。だが彼女には居場所がない。
両親は怪人により惨殺され、自分も火傷を負った身。仮面なしでは外出も困難。身寄りもない。

名前を変えたことで、従兄弟や親戚は気づくはずもなく…。


そんな居場所を失ったことを知った組織は、彼女に住居を提供する。これは彼女を匿う意味合いもある。
それはグループホームのような、看護師や医師常駐型の組織直属の施設。
怪人被害に遭い、居場所を失った人達向けに作られた施設だった。このような施設は全国に点在している。

形態も様々で、グループホーム型やアパートのような集合住宅型などいくつかあるらしい。
鼎はそのひとつの「陽明館」という、組織直属施設に数年間住むことになる。


この頃になると鼎は事件前とは口調がガラッと変わってしまっていた。「紀柳院鼎」として生きる道を選んだ結果なのか、冷淡な話し方をするようになってしまう。
仮面の影響も大きいのか。仮面は表情がない。この当時の彼女は声の抑揚とトーンだけで感情を表現していた。
いまいち仮面慣れしてないせいか、よくふらふらと壁や物にぶつかることも多かった。そして、鏡を激しく嫌った。



現在――


北川はなぜかぼろぼろ泣いていた。宇崎は何が起きた!?とびっくりしている。


「北川どうした!?いきなり泣いて」
「いや…紀柳院が立派になったなーって思ってたら涙が止まらなくて」

「私は北川さんがいたから救われたんです。あの時、あのやり取りがなかったらと思うと…」
「まさか鼎がゼルフェノアに入るのは上層部でも想定外だったんだ。今だから言える話だよ、これ」

宇崎がさらっと付け足した。



恭平と鷲尾は場所を変えて話してる。


「ゼルフェノアが隠蔽してるとは思えないんだよねー…。紀柳院鼎を何かから組織が守ろうとしていたとか?」
「恭平くん、それは鋭いな。確かにここ数年間の任務データでも、紀柳院は何者かに『狙われていた』んだ。だが、飛焔という幹部クラスの怪人を撃破以来…何も起きていない…」

「飛焔に紀柳院が狙われていた=やっぱり都筑悠真じゃないのか!?」
「恭平くん。声、大きいよ」

「あ、すいません…」


「組織関係者に直接聞けるわけないし…。俺達一般市民がどうこうしたってな〜。相手は司令補佐ですよ!?」
「でも恭平くん、成り行きで彼女と話したんだよね。どんな感じだったの?冷たい感じだった?」


あれは…違う。世間が持つような冷たい人じゃない。

それは偏見だ。


「あの仮面姿ゆえの見た目と冷淡な話し方で冷たい人だと思われがちですが、紀柳院司令補佐は…市民を守るために戦うような熱い人だと感じました。
戦えない身体なのに『守るのも戦いだ』って言っていたのがかっこよくて…。すいません、俺の個人的な感想はこれです」

「隊員時代もしょっちゅう無茶していたとは聞いてたからなぁー。無理が祟って身体壊したみたいだし。あの火傷でダメージ受けてる身体でよくやってるなとは思うよ」

「俺達一般市民って、怪人相手になると無力ですからね…。また来ないかな〜。あの人」


鷲尾は恭平にからかうように言った。

「司令補佐とまた話をしたいのかい?君。一般市民が対怪人組織の役職者と話す機会なんてなかなかないからな〜。あちらがプライベートで遭遇するのは別かもしれないが。
補佐とは言っても『司令』とついてる以上、接触は難しいかもよ」
「…ですよね……」


何、淡い期待をしているんだろう。


恭平と鷲尾はひとしきり話を終えると帰ることに。



恭平はなんとなく嫌な予感がした。なんだろう、この胸騒ぎは。
怪人出たとかないよな!?

平和になったと言っても「束の間の平和」「怪人の残党」が出ると彼女は言っていた。
街は平和ボケしているが、ゼルフェノアは対怪人対策を強化している。



司令室では鼎が少しそわそわしていた。

「…どうした?」
「室長、少し…散歩に出てもいいか?10分、15分くらいで戻るよ。本部周辺をうろつくだけだから。気分転換がしたい」

「それならいいぞ〜。端末持ったよな?」
「当たり前だろ」


鼎が散歩に出たいなんて言うの、珍しいな…。本部周辺だからすぐに戻るから大丈夫か。何もなければいいんだが。
あいつにも息抜き、必要だもんね。


鼎のやつ、だいぶ慣れたよな〜。補佐。





特別編 (3)へ続く。